【ひとり言】言葉の裏にある経験をいかに感じ取れるか

かつて自分は編集者でおそらく人より書籍を読んでいたし、著者の原稿も幾度となく読んでいることが知っていたので、その言葉自体は自分の感覚の中にあり、むしろそういうことが仕事として求められていた。だからこそ、人が言う言葉には気を使っていたつもりなのだけど、それが実体験があるものかどうかというと全く別問題。むしろ自分が経験していないことを書籍にする意味があると思っていた。それは編集者としては正しい思考回路だったと思う。そうやって本を作りしかないのだ。

言葉の裏の経験を感じ取れるか

今、自分が経営者になって思うことは、あのときの言葉の「腹落ち度」みたいなことはまったくなかったなと。少しずつ実践や経験が伴ってきて、「あの著者があのとき書いていた原稿の意味はこういうことだったのか」と思うことはたびたびある。今更ながらだけど、あのままの人生を送っていたら、気づくことはなかったのだと思う。人の言葉はコピーすることができる、人の言葉を自分の言葉のように発することができる、人の言葉をちょっと変えてオリジナルの言葉に見せかけることができる。そういうテクニックに走っている編集者がいるように思うのだけど、それが人生にとってどんな意味があるかわからないし、そうやって本を作る意味などまるでないと思っている。

相手の経験を知ろうとする努力

経験していないことは書いてはいけないということではなく、経験から馳せる空想や思いみたいな領域はもちろんあるし、それが経験したものの特権だとも思う。経験といっても、所詮はひとりの経験でしかない。他人のそれを吸収して、その感想なり、思いを記すことは有意義だと思う。むしろ相手の経験を知ろうとする努力なのだ。受け身のものであってはならないし、テクニックを吸収するものでもない。人とのコミュニケーションで悩むことは多いし、ストレスに感じるケースもある。

まとめ

だけど、相手を知ろうとする努力は絶対に必要だ。それを最大限してもなお距離が縮まる気配がなけば、縁がない人、遠ざける人なのかもしれない。まずはその努力をしているのか。やばい人は存在するけれど、それができていれば、大半の関係づくりはできると思うのだ。今、お付き合いさせてもらっている人はホントにありがたい。人の経験を文字を通して、SNSを通して、直接の対面を通して、知る機会が増えている。相手の懐に入ってその経験を汲み取ろうとするとなにかが見てくる気がする。人の裏側を見ようとする、ということでもある。

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