ストレス社会を生きるには

2024/03/10。昨年10月ぐらいから加盟を検討していた人に連絡をとったら「恥ずかしながら事情が変わってしまって。体調が思わしくなくて」と。また、先日は、出版の仕事をしていたときに知り合った人から6年ぶりに連絡をもらったかと思うと、「心病んで会社をやめてしまって、ご挨拶できず、、」みたいなことが書いてあった。自分のことで大変なのに、人のことまで気が回らないというは自分が経験済みだ。加盟を検討していた人はつきあいが短いのだけど、少なくとも昨年12月までは会社の仕事はやりきった感じがあると話した。まったく別の業界なだけに、新しい挑戦に心を弾ませていたように感じていた。バリバリ仕事をしてきた感じがした。いつ、どうなるか、わからない。日々の細かい我慢の積み重ねがあるときに、爆発してしまう気がする。ロボットではない生身の人間は、がまんをしていると、身体に影響してしまう。

まじめなことがよいとされているけれど、まじめであることと、自分の感情を見つめないということは別の話だ。会社に期待される喜びと自分の中の満足感を常に天秤にかける必要がある。自分がこれができなかったけれど。また思うのは、一旦落ち込むと回復が難しいということ。自分は2〜3年かかった気がする。もう大丈夫だと思う気持ちもよくないと思うし。長い間かけていままでやってきたこととこれからやれることをじっくり考えるのが理想だと思う。生活がかかっているとそんなことも言っていられないのだろうけれど。

ストレス社会と言われる中で、自分がやりたいことをやれる喜びはもっとも価値が高いのではないかと思う。それには、それ相応のストレスがかかるのだけど、人から言われたことに対するストレスと、自分で決めたことに対するストレスは向き合い方がまったく違う。自分は前者に対するストレス耐性がなかったと思う。やっぱりやりたいことは自分でやるしかないのだと今は思っているけれど、それは自分自身が見つけるしかないのだ。

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