冠水車から読み解く情報の非対称性—プロの視点で車の売り方を考える

先日、冠水車についてXに投稿しました。
大雨や水害のニュースを見ると、中古車業界にいる人間としてどうしても気になることがあります。
それは、このあと、冠水した車が中古車市場に出てくる可能性がある
ということです。
もちろん、冠水したことをきちんと申告したうえで流通するのであれば問題ありません。
しかし、その事実がどこかで消えてしまうことが怖いのです。
さらに、私は過去に「見抜けなかった冠水車」を買い取った経験があります。

半年間、普通に乗っていた車

以前、お客さまから一台の車を買い取らせていただきました。
買い取ったあと、すぐに売却したわけではありません。
自社の車として半年ほど使用していました。
エンジンも普通にかかる。
走行にも問題はない。
電装系にも、特に気になるところはない。
半年間乗っていて、私はその車に大きな違和感を感じることはありませんでした。
その後、車を入れ替えることになり、オートオークションへ出品しました。

ところが、セリ当日。
オークション会場から連絡がありました。
「冠水歴ありと判断しました」
驚きました。
半年間、自分たちで普通に乗っていた車です。
査定したときにも分からなかった。
乗っていても分からなかった。
それでも、オークション会場では冠水歴ありと判断されたのです。

冠水歴がつけば、車の評価は大きく変わる

冠水歴ありとなれば、市場での評価は大きく変わります。いわゆる評価点は1点になります。
当然、そのまま通常の車と同じように売るわけにはいきません。
私は出品を取り消しました。

そして、その車について改めて調べました。
すると、過去に関西方面のオークション会場でも「冠水歴あり」と判断されていたことが分かりました。
ここでようやく、過去の流通が見えてきました。
おそらく、どこかの業者が冠水歴を認識したうえで安く仕入れ、その後一般のお客さまへ販売したのでしょう。
もちろん、私がすべての流通経路を確認したわけではないので断定はできません。

ただ少なくとも、
過去に冠水歴ありと評価された車が、その情報を十分に引き継がれないまま(隠蔽されたまま)流通していた
ということになります。

「プロなら見抜ける」は本当なのか

冠水車の見分け方を検索すると、いろいろな情報が出てきます。
車内の臭い。シートレールのサビ。
フロアマットの下の泥や砂。通常では水が入らない場所の汚れ。
電装系の不具合。
もちろん、私たちもこうしたところを確認します。
ただ、今回の経験があるので、私は簡単に
「ここを見れば冠水車は分かります」
とは言えません。

少なくとも、私が買い取ったあの車を現車だけで見抜くことは、今振り返っても相当難しかったと思います。
査定のプロなら何でも分かる。
中古車屋なら事故も冠水も全部見抜ける。
そんなことはありません。
分からないものは、あります。
この事実は、車を売る人にも買う人にも知っておいてほしいと思っています。

中古車は「現物」だけを見ているわけではない

では、なぜ中古車業者は車の価値を判断できるのでしょうか。
実際の査定では、目の前の車だけを見ているわけではありません。
現車の状態を見る。修復歴を見る。
整備記録を見る。お客さまから話を聞く。
市場でどのように評価されているかを見る。
そして、それらの情報を組み合わせます。

つまり査定とは、
車そのものを見る仕事であると同時に、その車に関する情報を集める仕事
でもあります。
ここが中古車という商品の面白さでもあり、怖さでもあります。

同じ車でも「知っている情報」で価値が変わる

仮に、まったく同じ一台の車があったとします。
Aさんは何も知らない。
Bさんは過去に事故を起こしていることを知っている。
Cさんはさらに、オークションで修復歴ありと評価された履歴まで知っている。
目の前にある車は同じです。
でも、持っている情報が違えば、その車に対する評価は変わります。

中古車には、こうした情報の非対称性があります。

売る人。買い取る人。オークション会場。
中古車販売店。次に買う人。

それぞれが持っている情報が完全に同じとは限りません。
だから中古車市場では、「何を知っているか」が非常に重要になります。

問題は、情報の差を悪用する人がいること

情報の非対称性そのものが悪いわけではありません。
すべての人が、その車の過去を100%把握することなど不可能だからです。

問題は、
知っている情報を意図的に隠すこと
です。
冠水歴があると知っている。
修復歴があると知っている。
重大な不具合があると知っている。
それでも、その事実を知らない相手に通常の車として販売する。
情報の差を利益に変えることはできます。

しかし、それを意図的に利用すれば、市場そのものへの信頼が失われていきます。
大規模な水害が発生したあと、中古車業者が警戒する理由もここにあります。
大量の水没車が発生する。
そのすべてが廃車になるとは限りません。
修理される車もある。
業者間で売買される車もある。
オークションへ出てくる車もあるかもしれない。
数年後には、現在の所有者自身が冠水歴を知らない状態で市場へ戻ってくる可能性だってあります。
だから怖いのです。

売る側にも伝えてほしいことがある

これは業者だけの問題ではありません。
車を売却するとき、
「昔ぶつけたけれど、きれいに直っているから言わなくてもいいだろう」
「一度水に浸かったけれど、今は普通に動いている」
と考える人もいるかもしれません。
でも、そうした情報はぜひ査定する人に伝えてほしいと思います。
それをどう評価するかは業者の仕事です。
申告したからといって、必ず大幅に金額が下がるとも限りません。
一番困るのは、
重要な情報が途中で消えてしまうこと。
その情報が次の業者へ伝わらず、さらに次の所有者へ伝わらず、何年か経ってから初めて発覚する。
私が経験した冠水車も、まさにそういう車だったのかもしれません。

査定とは「見抜く仕事」なのか

この経験をしてから、査定という仕事について少し考え方が変わりました。
以前は、
「車の状態を正確に見抜く」
ことが査定技術だと思っていました。
もちろん、それは今でも大切です。
でも、それだけではありません。
目の前の車から分かること。
お客さまから聞かなければ分からないこと。
過去の履歴を調べて初めて分かること。
そして、どれだけ調べても分からないこと。
それらを区別することも査定だと思っています。

だから今は、
査定とは、すべてを見抜く仕事ではなく、限られた情報からリスクまで含めて評価する仕事

だと考えています。
分からないことを、分かったふりをしない。
それもプロとして大切な姿勢だと思います。

中古車を選ぶとき、車だけを見ない

中古車を購入する側にも同じことが言えます。
傷が少ない。内装がきれい。
エンジンの調子がいい。もちろん重要です。

でも、中古車には目の前の状態だけでは分からないことがあります。
だから、その車がどのように仕入れられたのか。
過去の履歴を確認しているのか。
分からないことについて販売店がどう説明するのか。
問題が起きたときにどう対応するのか。
車を見るのと同じくらい、「誰から買うのか」を見る。
これも中古車選びの判断基準だと思います。

「分からない」を前提に市場を見る

中古車の世界には、完全な情報はありません。
私たち業者だって、すべてを知っているわけではありません。
だからこそ履歴を調べる。市場を見る。現車を見る。
お客さまの話を聞く。そして、それでも分からないことがあるという前提で判断する。

今回のように大規模な水害が起きると、どうしても冠水車の流通が気になります。
多くの水没車が発生すれば、その一部は今後中古車市場へ入ってくるかもしれません。
大切なのは、冠水車が市場に存在すること自体ではありません。
その情報が正しく次の人へ引き継がれること。
そして、その情報の差を悪事に利用する人が出ないこと。

私自身、一台の冠水車を見抜けなかった経験があります。
しかし、だからこそ、「プロだから分かります」とは言いたくありません。
さらに、分からないものがあるから調べます。
また、分からないものがあるから説明します。
そして、分からないものがあることも判断材料として伝えます。
それが中古車を扱う仕事の責任だと考えています。

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