【車買取】車を売る話を書いていたはずなのに
ブログを書き始めて、もう何年も経ちます。
最初は車を高く売る方法を書いていました。
相場の話、輸出の話、為替の話、新車の話、オークションの話。
毎日市場を見て、感じたことを書き続けてきました。
でも最近、あることに気づきました。
私が本当に書きたいのは、車のことではないのかもしれない。
翻訳したかったもの
以前、自分のことを「翻訳する人」と表現したことがあります。
市場を見て、その背景を言葉にする。
専門家だけが知っていることを、
一般の人にも分かるように伝える。
それが自分の仕事だと思っていました。
でも最近、その翻訳しているものが少し違うことに気づきました。
本当に翻訳したいもの
車を売るという行為の先には、
いつも「判断」があります。
売るか、売らないか。
乗り続けるか、買い替えるか。
待つか。待つとしたらどれぐらい待つか
どれも人生の小さな決断です。
私は、その判断を支える基準を伝えたい。
そして、その判断を積み重ねた先にあるもの。
それが、自由です。
自由とは何か
自由とは、お金があることではありません。
時間があることでもありません。
私が考える自由は、
「自分で判断できること」です。
誰と仕事をするか。何に時間を使うか。
何を断るか。どんな挑戦をするか。
それを自分で決められる状態。
そのために私は、小規模事業を積み重ねています。
車買取を選んだ理由
飲食店を経営していた頃は、売上はありました。
でも自由はありませんでした。
営業時間、スタッフ、人間関係調整、閉店作業、業者打ち合わせ、お客様対応。
売上は伸びても、自分の時間は増えませんでした。
一方で車買取は違います。
事務所もありません。車が事務所です(笑)。
査定は自分で予定を組める。オークションという出口がある。
だから時間が生まれる。
その時間で、ブログを書き、学び、卓球を楽しみ、新しい挑戦ができる。
私にとって車買取は、時間を生み出す仕事でした。
伝えたいのは自由
車の売り方を伝えたいわけではありません。
経営論を語りたいわけでもありません。
私が翻訳したいのは、
自由になるための考え方です。
もちろん、私自身もまだその途中です。
だから偉そうに語るつもりはありません。
でも、一つだけ確信していることがあります。
良い判断を積み重ねる人ほど、
少しずつ自由になっていく。
私はこれからも、市場を見て、人の判断を見て、
その背景を言葉にしながら、
「自由」という少し大きなテーマを翻訳していきたいと思っています。













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