メディアをつくっていたら、自分の判断基準が磨かれていた
「後悔しない車の売り方」というメディアを始めてから、自分自身に起きた変化があります。
それは、以前よりも自分の判断基準を意識するようになったことです。
どこに行くか。
誰と会うか。
何を学ぶか。
オンラインにするか、リアルにするか。
新しい仕事を引き受けるか、断るか。
経営をしていると、毎日のように小さな意思決定があります。
以前なら、
「何か仕事につながるかもしれない」
「人脈が広がるかもしれない」
「せっかく誘ってもらったから」
そんな理由で動くこともありました。
もちろん、それが悪いわけではありません。
ただ最近は、少し違います。
「目先にいいことがあるかどうか」で決めない。
自分が大切にしていることに合っているのか。
自分がこれから向かいたい方向につながっているのか。
そんなことを考えて決めるようになりました。
判断基準がなければ、全部「行ったほうがいい」になる
例えば、人から何かに誘われたとします。
勉強会。
交流会。
食事会。
イベント。
新しい仕事。
一つひとつを見れば、行ったほうがいい理由はいくらでもあります。
新しい人に会える。
情報を得られる。
仕事につながるかもしれない。
誘ってくれた人との関係も深まる。
そう考えていくと、ほとんどすべてが「行ったほうがいい」になります。
でも、時間は有限です。
一つの場所へ行けば、その時間は別のことには使えません。
誰かと会えば、別の誰かとは会えません。
何かを始めれば、その分だけ今やっていることに使える時間は減ります。
だから最近は、
「行ったほうがいいか」ではなく、「自分はなぜ行くのか」
を考えるようになりました。
オンラインか、リアルか
これも同じです。
リアルで会ったほうがいい。
いや、オンラインのほうが効率的だ。
どちらが正しいという話ではありません。
その時間を使って、何を得たいのか。
初めて会う人だからリアルで会いたい。
資料を確認するだけならオンラインで十分。
雑談を含めて関係をつくりたい。
移動時間を使ってでも、その場所に行く意味がある。
目的が違えば、答えも変わります。
大切なのは「リアルかオンラインか」という方法論ではなく、何を基準にそれを選んだのかだと思います。
判断基準を持つと、決定は地味になる
そして、判断基準を意識するようになって気づいたことがあります。
自分なりの基準で決めると、決定は意外と地味になります。
派手な話に飛びつかない。
有名な人に会えるからという理由だけでは動かない。
すぐ売上になりそうだからという理由だけで仕事を始めない。
みんながやっているからという理由だけでやらない。
反対に、誰にも注目されていないことを毎日続ける。
ブログを書く。
市場を見る。
現場の記録を残す。
一人のお客さまと話す。
自分たちの仕組みを少しずつ改善する。
外から見れば、何も起きていないように見えるかもしれません。
でも、自分の判断基準に照らせば、それでいい。
最近はそう思えるようになりました。
理解されないこともある
自分の判断基準で決めるようになると、周囲から理解されないこともあります。
「せっかくの機会なのに」
「もっと広げればいいのに」
「なぜそれをやらないのか」
そう言われることもある。
でも、他人から見えるのは、その選択だけです。
自分には、その前後があります。
何を目指しているのか。
何に時間を使いたいのか。
何を大切にしているのか。
何をやらないと決めているのか。
判断基準が違えば、同じ選択肢を前にしても答えは変わります。
だから最近は、理解されることと、自分にとって納得できる判断であることは別だと考えるようになりました。
「後悔しない車の売り方」と同じだった
ここまで考えて、面白いことに気づきました。
これは、私が「後悔しない車の売り方」で伝えていることとまったく同じです。
車を売るときも、
一番高い会社に売れば正解。
今すぐ売れば正解。
一括査定を使えば正解。
そんな単純なものではありません。
次の車はいつ来るのか。
それまで今の車が必要なのか。
価格をどこまで重視するのか。
何社も比較する手間をどう考えるのか。
安心して取引できることをどこまで重視するのか。
人によって条件が違う以上、答えも違います。
だから私は、査定額だけではなく、判断するための材料を渡したいと思って発信してきました。
市場がどうなっているのか。
なぜこの査定額なのか。
今売る場合と、待つ場合にはどんな違いがあるのか。
それを知ったうえで、自分で決めてもらう。
それが「後悔しない車の売り方」だと考えています。
判断基準は、正解するためだけのものではない
そして、このメディアを続けながら、もう一つ分かったことがあります。
判断基準があるから、うまくいくわけではありません。
自分なりに考えて決めても、失敗することはあります。
会ってみたけれど何も生まれなかった。
始めた事業がうまくいかなかった。
断った仕事が、あとから大きく成長した。
そんなことはいくらでもあります。
未来は分かりません。
それでも、その時点で持っていた情報をもとに、自分の判断基準で決めたのであれば、
「なぜあんなことをしたんだろう」
という後悔は少なくなります。
そして、結果が悪ければ判断基準を修正すればいい。
だから私は、
判断基準とは、正解を当てるためのものではなく、後悔しないためのもの
なのだと思っています。
発信することで、自分が一番学んでいた
「後悔しない車の売り方」は、お客さまに判断基準を届けるために始めたメディアです。
ところが、発信するためには、自分自身が考えなければいけません。
なぜこの車は高いのか。
なぜ今は売らないという選択もあるのか。
なぜ一番高い査定額だけで決めるべきではないのか。
なぜ私はこの仕事をしているのか。
言葉にしようとするたびに、自分自身に問いが返ってきます。
そして、その問いはいつの間にか車の売却だけではなく、
何をするのか。
何をしないのか。
どこへ行くのか。
誰と会うのか。
誰と付き合うのか。
自分自身の意思決定にまで広がっていました。
人に判断基準を届けようとしていたら、自分の判断基準が一番磨かれていた。
これは、メディア事業を始めたときには想像していなかった大きな産物です。
地味でも、これでいい
自分の判断基準が明確になるほど、選択は地味になっていくのかもしれません。
目の前の派手な機会より、今やるべきことを選ぶ。
すぐ成果が出そうなことより、数年後にも残るものをつくる。
たくさんの人と会うことより、誰と時間を使うのかを考える。
理解されることより、自分で納得できることを選ぶ。
それで結果が出るかどうかは分かりません。
思い通りにいかないことも、これからたくさんあるでしょう。
でも最近は、それでもいいと思えるようになりました。
目先にいいことがあるかどうかではなく、自分の判断基準に合っているか。
それを考えて決める。
そして、結果を見て、また判断基準を磨く。
「後悔しない車の売り方」をつくりながら、自分自身も後悔しない選択の仕方を学んでいる。
メディアを始めて得たものの中で、これはかなり大きなものだと思っています。













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